妊孕性を考慮した治療法 ~男性編~

がんの治療は、射精障害や勃起障害、無精子症を始めとする精子形成障害など、不妊の原因をもたらすことがあります。そこで、妊孕性に考慮した治療選択という視点が大切です。

精子凍結保存

男性がん患者さんに対する妊孕性温存療法として、精子凍結保存があります。がん治療により、長期あるいは永久に精子がつくられなくなったり射精ができなくなったりする可能性がある場合、治療前に、通常は患者さんに射精してもらい、精子を採取します。精子を凍結保護液と混ぜ、液体窒素で凍結保存します。がん治療終了後、子どもを持ちたいと考えたときに、融解して、使用します。凍結保存された精子で不妊治療を試みる場合、顕微鏡を用いて、精子を卵子の中に注入する顕微授精が多く用いられます。

各がん治療に応じた妊孕性温存療法

精巣がんの後腹膜リンパ節郭清術により逆行性射精が生じた場合、まずは抗うつ薬が有効です。薬が効かなかった場合、射精後に膀胱内で精子を回収する膀胱内精子回収という方法があります。それでも回収できない場合は、精巣内精子回収術(TESE)を行います。外科手術により精路が閉鎖して起きる射精障害の場合もTESEを行います。勃起障害では、勃起神経が温存されていれば、PDE5阻害剤が有効です。

無精子症は、化学療法や放射線治療、その併用によって生じます。
主に血液がんや精巣がんへの抗がん剤治療や、精巣がんにおける精巣への低照射での放射線治療などでは、治療後精子が減少し、一時的に確認できなくなることもありますが、徐々に回復していきます。治療後、どのくらいで造精機能が戻ってくるのかは、抗がん剤の種類や量、放射線の照射量や回数でも異なってきます。化学療法では、一般的に治療開始1~2ヶ月は精子の数はあまり変わりませんが、その後急激に減り、治療終了後1~3年で回復していきます。一例として、精巣がんでよく行われるBEP療法では、3サイクルで、回復に大体3年かかります

しかしながら、回復せずに無精子症が続く場合もあります。精巣への高照射や脳への照射、造血幹細胞移植に伴う全身照射などの放射線治療では、造精機能が戻らないことを多く経験します。精巣がんや脳腫瘍、血液がんにおける一部の化学療法と放射線治療の組み合わせも高リスクで不妊につながります。高リスクの治療を受けた患者が無精子症になりやすい傾向はあるものの、中リスク、低リスクの治療でも無精子症をきたす可能性は0ではありません。

※日本がん・生殖医療学会 妊孕性温存 男性の方へ

多くの患者では、精子が回復し、自然妊娠が可能であることも多い一方、事前に精子の回復を予測することはできません。治療後に造精機能が戻ってこない場合、精子を採取する方法として、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)があります。意義のある治療ですが、採取率は4~5割に留まるという現実もあります2。そこで、治療に伴う性機能障害の発生が考えられる場合、がん治療前に精子凍結保存を行い、精子の回復を確認して、不要であれば破棄できるという体制の構築がのぞまれます。一方、精子凍結保存を選択したがん患者で、実際に精子が使われるのは10%程度という報告もあります3。小児・AYA世代のがんでは、将来も含めた恋愛や結婚に消極的になってしまうという傾向も見られ、社会全体で考えるべき大切なテーマといえます。

男性不妊を専門とする泌尿器科医からのmessage

性機能に影響するような治療を受けていなくても、自身の精子力を不安に思うがん患者さんは少なくありません。「昔がんを経験したが、今度結婚をするので、僕の精子は大丈夫でしょうか?」とブライダルチェックに外来を訪れる男性もいます。日本の不妊治療は婦人科主導・女性主体で推移してきたこともあり、男性にとってハードルの高いものでしたが、不妊の原因の半分は男性です。近年は、男性不妊外来を謳う医療機関も増えています。不妊外来というと、結婚していたり、子どもがほしかったりする人が対象とイメージされがちですが、パートナーがいなくても、子どもがほしいという願望がなくても、不安に思うことがあれば、相談に足を運んでみてください。


Kotaro Suzuki, Yasushi Yumura, Takehiko Ogawa, Kazuo Saito, Yuzo Kinoshita, Kazumi Noguchi (2013), Regeneration of Spermatogenesis after Testicular Cancer Chemotherapy, Urol Int 2013;91:445–450

2 Takeshi Shin et al, Microdissection testicular sperm extraction in Japanese patients with persistent azoospermia after chemotherapy, Int J Clin Oncol (2016) 21:1167-1171

3 Teppei Takeshima et al, Sperm cryopreservation for fertility preservation
in male patients with cancer at a single-center in Japan, Global Reproductive Health (2019)