石綿が原因の病気、中皮腫等に対する社会保障制度

監修者 濃沼信夫(東北医科薬科大学医学部 教授)

石綿(アスベスト)は、中皮腫や肺がんのほか様々な病気を引き起こす物質であることがわかっており、近年、その健康被害を防ぐために多くの対策がとられるようになっています。ここでは、石綿との強い因果関係がある中皮腫に焦点を絞り、病気としての特徴、社会保障制度を利用するためのポイントについて説明します。

石綿による健康被害と中皮腫

●石綿が原因となる様々な病気

石綿は、蛇紋石(じゃもんせき)や角閃石(かくせんせき)が繊維状になったもので、高い耐熱性や電気絶縁性を有していることから、過去に建設資材をはじめ自動車、家電製品、家庭用品など、様々な製品で活用されていました。

石綿の繊維は非常に細いため、加工・処理の仕方によっては大量に飛散してしまいます。特に、建設資材に使われていたため、建築物を解体する時など石綿の繊維が周辺に大量飛散することもありました。そのような石綿の繊維を一定期間吸い続けた場合、10年以上の長い時を経て様々な病気を起こすことがわかってきました。その代表的な病気として、中皮腫(悪性中皮腫)、肺がん(原発性肺がん)、肺線維症(石綿肺)、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚などがあります。特に中皮腫は、そのほとんどが石綿の吸引によると考えられます。

●長い潜伏期を経て中皮腫を発症

中皮とは、肺を包む胸膜、心臓を包む心膜、胃腸や肝臓など腹部臓器を包む腹膜などの膜の表面をおおっている組織です。この中皮から発生した腫瘍が中皮腫で、良性と悪性があります。また、石綿は、特に胸膜や腹膜において中皮腫を起こしやすいとされています。ただし、石綿にばく(曝)露してから中皮腫を起こすまでの期間、いわゆる潜伏期間は20~50年と非常に長いことが特徴です。

中皮腫の病態は、良性と悪性で異なります。良性の場合は、他の臓器に転移はしないので、あまり症状は出ません。ただし、良性であっても腫瘍組織が大きくなれば、胸痛、咳、呼吸困難などが出現することがあります。治療としては腫瘍組織を外科的に除去し、これにより治癒が期待できます。

一方、悪性中皮腫の場合、胸膜や腹膜に沿う形で広がっていくため、胸水腹水がたまり、胸痛、咳、呼吸困難、腹部膨満感などが出現します。そのような症状が出た場合、悪性中皮腫は進行していると考えられます。

中皮腫による死亡は、平成10年は570人(男性429人、女性141人)でしたが、平成25年には1,410人(男性1,121人、女性289人)と、15年で約2.5倍に増えています(厚生労働省「人口動態統計」)。石綿対策が十分にできていなかった時代に石綿にばく露した人たちが、長い年月を経て中皮腫を発症しているものと推測されます。

●石綿にばく露しやすい作業

では、過去に、どのような作業の場合に、石綿にさらされていた可能性があるのでしょうか。厚生労働省はそのリスクの高い作業を例示しています。

○石綿鉱山・石綿製品の製造 ○石綿や石綿含有岩綿等の吹き付け・張り付け
○石綿原綿または石綿製品の運搬・倉庫内 ○配管・断熱・保温・ボイラー・築炉関連
○造船所内 ○船に乗り込んで行う作業
○建築現場 ○解体
○港湾での荷役 ○発電所・変電所・その他電気設備
○鉄鋼所または鉄鋼製品製造 ○耐熱(耐火)服や耐火手袋等を使用
○自動車・鉄道車両等を製造・整備・修理・解体 ○鉄道等の運行
○ガラス製品製造 ○石油精製、化学工場内の精製・製造作業や配管修理等
○清掃工場または廃棄物の収集・運搬・中間処理・処分 ○電気製品・産業用機械の製造・修理
○レンガ・陶磁器・セメント製品製造 ○吹き付け石綿のある部屋・建物・倉庫等
○エレベーター製造または保守 ○ランドリー・クリーニング
○ガスマスクの製造 ○上下水道
○ゴム・タイヤの製造 ○道路建設・補修等
○映画・放送・舞台に関わる ○農薬・バーミキュライト等を扱う
○酒類製造 ○消防
○歯科技工 ○金庫の製造・解体
○タルク等石綿含有物を使用

厚生労働省は、石綿ばく露作業による労災認定などを受けた方が所属していた事業場を公表しています。

また、それらの作業に直接関わらなくても、その種の作業をしている工場の近くに住んでいる人たちも石綿の繊維を吸い込んでいる可能性があります。

過去に石綿にばく露しやすい作業をしていた、石綿を扱う工場が近隣に存在していたという方は、厚生労働省の下記ウェブサイトをご確認ください。

また、環境省のウェブサイトには、各都道府県単位の相談窓口が紹介されておりますので、こちらも併せてご確認ください。

中皮腫に関する社会保障制度の概要

●健康診断と健康管理手帳の交付

石綿を取り扱う作業に現在あるいは過去において常時従事していたり、その周辺での業務に常時従事していた方には、石綿による健康被害に対する健康診断が、原則として事業者の責任で6ヵ月以内ごとに一回行われます。これは、基本的には現役の労働者の方に対して事業者が実施するものです。

過去に石綿業務に従事していた離職した人たちに対する施策としては、「健康管理手帳(石綿健康管理手帳)」に基づく健康診断や健康管理があります。「健康管理手帳」は都道府県労働局に申請することで、交付を受けることができます。この時、申請者本人の業務歴、石綿作業に従事していたことを証明する書類が必要となります。

石綿健康診断 石綿健康管理手帳
対象者
  1. 石綿等を取り扱い、または試験研究のため製造する業務に常時従事する労働者
  2. 事業場の在籍労働者で、過去においてその事業場で石綿を製造し、または取り扱う業務に常時従事したことのある労働者
  3. 上記の業務の周辺で、石綿の粉じんを発散する場所における業務(周辺業務)に常時従事する、または常時従事したことのある労働者
  1. 両肺野に石綿による不整形陰影があり、または石綿による胸膜肥厚の陰影がある離職者(直接および周辺業務が対象)
  2. 下記の作業に1年以上従事していた離職者(ただし、初めて石綿の粉じんにばく露した日から10年以上経過していること)(直接業務のみ対象)
    ・ 石綿等の製造作業
    ・ 石綿等が使用されている保温材、耐火被覆材等の張り付け、補修若しくは除去の作業
    ・ 石綿等の吹付けの作業、または石綿等が吹き付けられた建築物、工作物等の解体、破砕等の作業(吹き付けられた石綿等の除去の作業を含む)
  3. (2)の作業以外の石綿を取り扱う作業に10年以上従事していた離職者(直接業務のみ対象)
  4. (2)の作業に従事した月数に10を乗じて得た数と(3)の作業に従事した月数との合計が120以上となる離職者(ただし、初めて石綿の粉じんにばく露した日から10年以上経過していること)(直接業務のみ対象)
概要 事業者が6ヵ月以内ごとに1回、定期に、石綿に係る健康診断を実施 無料で6ヵ月ごとに1回、定期に、健康診断を指定の医療機関で受けることが可能

●石綿健康管理手帳の申請方法

離職時に「石綿健康管理手帳」を申請する場合は、事業者の所在を管轄する都道府県労働局へ、離職後に申請する場合は、申請者の住所地の都道府県労働局へ申請をします。

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■準備するもの

  • 健康管理手帳交付申請書(「安衛則様式第7号」)
  • 申請者本人が記載した業務歴(従事歴申告書「様式第1号」)
  • 石綿作業(直接作業および周辺作業)に従事していたことを証明する書類(下記(1)(2)(3)のいずれか)
  1. 事業者の証明が得られる場合は、事業者による証明書を準備します。
    ・事業者による証明書:従事歴証明書(事業者記載用)「様式第3号(石綿用)」)
  2. 事業者の証明が得られない場合は、本人による申立書と同僚による証明書を準備します。
    ・本人による申立書:従事歴申立書(本人記載用)「様式第5号(石綿用)」
    ・同僚による証明書:従事歴証明書(同僚記載用)「様式第7号(石綿用)」2名以上
  3. 事業者の証明および同僚による証明書が得られない場合は、本人による申立書のほか、従事歴を証明する以下の書類が必要となります。
    ・本人申立書:従事歴申立書 (本人記載用)「様式第5号(石綿用)」
    ・従事歴を証明する以下の書類(1種類以上)
    ① 石綿障害予防規則に基づく石綿健康診断個人票若しくは石綿に係るじん肺健康診断結果証明書の写し、または本人への結果通知の写し
    ② 社会保険の被保険者記録(被保険者記録照会回答票等)
    ③ 雇用保険に係る証明書(雇用保険被保険者資格取得届出確認照会回答書)
    ④ 給与明細
    ⑤ その他 本人申立書に記載された内容を裏付ける客観的な書類

詳しくは、厚生労働省のパンフレットをご参照ください。

●石綿による健康被害に対する施策の概要

前述の健康診断や健康管理手帳は、主として、健康被害を早期に発見するための施策といえます。

すでに石綿により中皮腫を発症したり亡くなったりしている場合の対応/補償としては、(1)主に現役の労働者に対して労災補償等に基づくもの、(2)労災補償等による救済の対象とならない周辺住民などに対するもの、(3)労災補償を受けずに亡くなった労働者の遺族に対するもの――の3つがあります。

平成18年に成立した「石綿による健康被害の救済に関する法律」はそれまで労災補償の対象とならなかった被害者を迅速に救済するための法律です。すなわち、労災補償とともに上記(2)、(3)を規定したものです。

以下、その(1)(2)(3)のすべてについて、医療面を中心に説明します。

●石綿による病気の労災補償

石綿を取り扱う作業に従事していた人が▽胸膜、腹膜、心膜または精巣鞘膜の中皮腫▽原発性肺がん▽石綿肺▽良性石綿胸水▽びまん性胸膜肥厚を発症した場合、労災と認定される可能性が十分あります。また、その認定がなされたら、一般的な労災補償の制度を活用することができます。

その労災補償としては、▽療養(補償)給付▽休業(補償)給付▽障害給付▽傷病年金▽介護給付▽遺族給付および葬祭給付などがあります。

「療養(補償)給付」とは、いわゆる医療の提供、費用の給付のことです。例えば中皮腫が労災であると認定された場合、労災病院、労災指定医療機関を受診すれば医療費は無料となります。これは、健康保険とは別の制度であり、原則として自己負担はありません。

全国の25の労災病院には「アスベスト疾患センター」が設置されています。

そのほか、「休業(補償)給付」は、休業4日目から給付があります。「障害(補償)給付」は、障害の等級によって異なり、年金または一時金が給付されます。「傷病年金」は、障害の程度(等級)によって異なります。「介護給付」は、原則、介護の費用として支出した額が給付されます。

労災補償の給付に関する詳細については、厚生労働省のホームページをご参照ください。

●労災補償の申請方法

労災保険の給付を受けるには、請求書に必要事項を記入して、医療機関または労働基準監督署にその請求書を提出します。手続きに関しては厚生労働省の下記のホームページをご参照ください。都道府県労働局労働基準監督署は相談を受け付けています。

●労災補償等による救済の対象とならない人への対策(石綿健康被害救済給付)

石綿による健康被害が出現するまでには何十年もかかる場合もあり、現役の労働者として労災補償の対象となる機会は意外に少ないものです。そのため、従来の労災補償等の対象から外れてしまう方々への救済策が重要となります。そこで、平成18年に「石綿による健康被害の救済に関する法律(石綿健康被害救済法)」が制定され、平成23年8月には改正石綿健康被害救済法が公布されました。この石綿健康被害救済法のポイントは次の3つです。

  1. 対象となる病気(指定病気)は、石綿に起因する中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺、びまん性胸膜肥厚です。
  2. 労災補償等による救済の対象とならない周辺住民などに対して救済給付が行われます。この救済給付としては、▽医療費(自己負担分)▽療養手当(10万3,870円/月)▽葬祭料(19万9,000円)▽救済給付調整金があります。また、遺族への給付として▽特別遺族弔慰金(280万円)▽特別葬祭料(19万9,000円)があります。
  3. 労災補償を受けずに亡くなられた方のご遺族で、労災の遺族補償給付を受ける権利が時効により消滅した場合においては、特別遺族給付金として特別遺族年金(240万円/年)が給付されます。特別遺族年金の支給対象とならないご遺族には、特別遺族一時金が支給されます。

健康被害救済給付のしくみは、独立行政法人環境再生保全機構のパンフレットで紹介されています。

■石綿健康被害救済法に基づく救済給付の対象者

  1. 石綿を吸入することにより、指定病気(石綿に起因する中皮腫、肺がん、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺、びまん性胸膜肥厚)にかかり、現在療養中の方(医療費、療養手当)
  2. 指定病気により亡くなった方のご遺族

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●石綿健康被害救済給付の申請方法

石綿健康被害救済法に基づく救済給付の申請から給付までの流れは独立行政法人環境再生保全機構のホームページで詳しく紹介されています。詳細については同機構のホームページをご参照ください。

特別遺族給付金の請求手続や給付の内容については、都道府県労働局や労働基準監督署で相談を受け付けています。

●まとめ

以上見てきたように、石綿が原因の中皮腫であれば、労災補償、石綿健康被害救済給付のいずれであっても、原則として医療費の自己負担は必要ありません。石綿による健康被害の予防、補償、医療などの社会保障制度は、徐々に整ってきています。それらの制度を積極的に活用することが望まれます。

参考資料