NPO法人キャンサーネットジャパン > がん情報 > 大腸がん > 大腸がんの薬物療法

大腸がんの薬物療法

Q.薬物療法について教えてください

A.薬物療法とは、抗がん剤や分子標的薬などを使ってがん細胞の増殖を抑えたり死滅させたりする治療法です。
 大きく分けて、手術後の再発予防のために行う術後補助化学療法と、転移・再発を起こした大腸がんに対する薬物療法の2つがあります。最近では外来通院での治療が多くなっています。


●再発予防のための術後補助化学療法

 手術でがんをすべて切除したと判断されても、身体の中に目に見えないレベルでがん細胞が残っていて、再発を起こす可能性があります。そこで、残っているかもしれないがん細胞を攻撃し再発をできるかぎり抑えることを目的に「術後補助化学療法」を行う場合があります(図表10)。ステージⅢ、およびステージⅡのうち再発する危険性が高いと思われる患者さんが対象となります。

 一般的には、術後1~2か月を目安に開始し、原則6か月、通常は2~3週おきの外来通院で治療します。術後補助化学療法に使用する抗がん剤にはいろいろな種類があり、それぞれ特徴があります。ご自身のライフスタイルに合った治療法を担当医とよく相談してください。

大腸がんの術後補助化学療法

●転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法

 転移・再発を起こしたステージⅣの大腸がんに対しては、手術でがんをすべて取り切ることができれば積極的に手術を行います。しかし、がんをすべて取り切ることが難しい場合や、がんがもう少し小さくなれば手術が可能になると期待される場合には、薬物療法が行われます(図表11)。

転移・再発を起こした大腸がんの治療方針

 基本となる薬剤は5-FU+ロイコボリン(LV)、イリノテカン、オキサリプラチンの3種類の抗がん剤と、抗EGFR(上皮細胞増殖因子受容体)抗体薬のセツキシマブ、パニツムマブ、抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体薬のベバシズマブの3つの分子標的薬です(図表13)。5-FU+LVの代わりに5-FU系の経口剤(飲み薬)を使用することもあります。

転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法に使用される主な薬剤

 5-FU+LV+オキサリプラチン(FOLFOX)または5-FU+LV+イリノテカン(FOLFIRI)の3剤併用療法に、ベバシズマブ、セツキシマブまたはパニツムマブのいずれかを加えた治療法が、最初に行われる治療法の代表的なものです(図表14、15)。
 セツキシマブ、パニツムマブは、RAS遺伝子に変異がない場合(野生型)にのみ使用します。薬物療法を始める前には、効果が期待できる薬剤を選ぶために、RAS遺伝子検査、BRAF遺伝子検査などのバイオマーカー*検査を行います。(コラム「RAS遺伝子検査・BRAF遺伝子検査とは?」)。そして、薬の効果や副作用をみながら、組み合わせを変えるなど治療を切り替えていきます(図表12、15)。
※バイオマーカーとは、病気の特性や治療に対する効果の指標になりうる体内の物質。血液やがん組織などに含まれるタンパク、遺伝子などがある。

 大腸がんの薬物療法はこの10年余りで飛躍的に進歩しています。がんを小さくして手術で取れるようになる場合もあります。また、完全に治すことができない場合でも、がんが大きくなるスピードを抑えて、患者さんが元気に生活できる期間も長くなってきています。

転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の主なレジメン(殺細胞性抗がん剤)
転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の主なレジメン(分子標的薬)
転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の主なレジメン(免疫チェックポイント阻害剤)
転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の流れ
転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の治療方針の例
転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法の治療方針の例
MSI検査とは?

 マイクロサテライト不安定性(MSI)とは、DNAの複製の際に生じる塩基(DNAを構成する最小の要素)の配列(並び)の間違いを修復する機能(これを「ミスマッチ修復機能」といいます)の低下により、1個から数個の塩基配列が繰り返されている部分の複製の際に、正常とは違う繰り返し回数を示す現象をいいます。この繰り返し回数間違いが高い頻度で起こっている状態を「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)」と呼びます。
 MSI-Highのがんでは、正常とは異なる異常なタンパクが作られ、これが新たに出現したがん抗原(がんの目印)となり、免疫チェックポイント阻害薬の一定の効果が期待できることが報告されています。
 MSI検査は、手術や内視鏡検査で採取したがん組織を使って行います。患者さん1人につき1回、健康保険が使え、費用は7500円(3割負担の場合)です。

MSI検査とは?
RAS遺伝子検査・BRAF遺伝子検査とは?

 がん細胞が増えるメカニズムの1つとして、細胞の表面にある上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)の関与が知られています。このEGFRに上皮細胞増殖因子(EGF)が結合すると、EGFRが活性化し、細胞に対して「増えろ」という命令を出します。細胞内でこの命令を伝達する働きをするタンパクの1つがRAS(KRAS、NRAS)です。

 セツキシマブやパニツムマブはEGFRに結合し、EGFRの活性化を抑えて、がん細胞の増殖を抑える働きをもつ「抗EGFR抗体薬」という薬です(図表17左)。ただし、RASの遺伝子に変異(異常)があると、がん細胞には「増えろ」という命令が常に出ている状態となり、EGFRの活性化を抑えても、どんどん増殖し続けてしまいます。つまり、RAS遺伝子に変異がある大腸がんでは、抗EGFR抗体薬の効果が期待できません(図表17右)。
 そのため、転移・再発を起こした大腸がんの治療を開始する前に、RAS遺伝子検査を行って変異がないかどうかを確認し、抗EGFR抗体薬の効果が期待できるかどうかを予測します。約50%の大腸がん患者さんのがん細胞で、RAS遺伝子に変異があることがわかっています
 RAS遺伝子検査は、手術や内視鏡検査で採取したがん組織を使って行います。患者さん1人につき1回、健康保険が使え、費用は7500円(3割負担の場合)です。

RAS遺伝子

 BRAFもEGFR→RASを介した細胞増殖の命令伝達の経路を構成するタンパクの1つです。BRAF遺伝子に変異があると、がん細胞増殖の命令が過剰に出ている状態となります。
 このようなBRAF遺伝子に変異がある大腸がんでは、EGFRの活性化を押さえる抗EGFR抗体薬に加えて、BRAFの働きを阻害する薬や、命令伝達経路の下流にあるMEKの働きを阻害する薬を投与することで、がん細胞の増殖を抑える効果が期待できます。約5%の大腸がんの患者さんのがん細胞で、BRAF遺伝子に変異があることがわかっています。
 BRAF遺伝子検査も手術や内視鏡検査で採取したがん組織を使って行います。患者さん1人につき1回、健康保険が使え、費用は7500円(3割負担の場合)です。現在はRAS遺伝子検査と同時に行うことが一般的で、その場合の費用は12000円(3割負担の場合)です。

BRAF遺伝子に変異がある場合

「大腸がんと診断された方へ」 吉野孝之監修 NPO法人キャンサーネットジャパン制作などを参考に作成

そのほかのバイオマーカー検査

RAS遺伝子検査やBRAF遺伝子検査のほかにも、転移・再発を起こした大腸がんの薬物療法を行うにあたって、以下のような検査をすることがあります。

・HER2検査:

 がん細胞の増殖に関わるヒト上皮増殖因子受容体2型 (HER2)の発現の状態を調べます。HER2が過剰に発現しているがんでは、抗HER2抗体薬の一定の効果が期待できます。

・NTRK遺伝子検査:

 がん細胞の増殖に関わるトロポミオシン受容体の活性化を担う酵素(キナーゼ)をコードするNTRK遺伝子に異常(融合遺伝子)があるかどうかを調べます。NTRK融合遺伝子があるがんでは、TRK阻害薬の一定の効果が期待できます。

臨床試験とは?

 新薬や治療法を開発する過程において人間(患者)を対象に有効性と安全性を科学的に調べるのが「臨床試験」です。臨床試験には第1相:安全性の確認、第2相:有効性・安全性の確認、第3相:標準治療との比較による有効性・安全性の総合評価の3段階があります。現在、標準治療として確立されている薬剤や治療法もかつて臨床試験が行われ、有効性や安全性が認められたものです。臨床試験への参加は未来の患者さんに貢献することにもつながっています。

参考資料

もっと知ってほしい大腸がんのこと 2022年版,pp.15-22

公開日:2022年1月21日 最終更新日:2022年12月26日

BOOKLET大腸がんの薬物療法に関する冊子