膀胱がんの薬物療法
Q.薬物療法について教えてください
A.再発リスクの高い筋層非浸潤性がんの場合には抗がん剤か膀胱内BCG注入療法を、がんがリンパ節やほかの臓器に転移している場合には、全身薬物療法を行います。
転移がない病期Ⅲの人にも、再発予防のために手術の前か後に全身薬物療法を実施することがあります。
膀胱がんは、初期のがんでも再発を繰り返すことが多いので、重い合併疾患があって抗がん剤治療ができない人以外は、再発予防のために薬物療法を行う必要があります。
●筋層非浸潤性がんの薬物療法
筋層非浸潤性がんは、腫瘍の数、大きさ、再発歴の有無、深達度、上皮内がんを併発しているかどうか、異型度(グレード)によって、再発・進展リスクが異なり、リスクに応じて薬物療法を選択します。異型度とは、正常な組織や細胞と比べて形がどのくらい異なっているかを示す指標で、低異型度(low grade)と高異型度(high grade)に分類されます。
図表9の低リスク群に当てはまる場合には、TURBT後24時間以内に1回だけアントラサイクリン系薬剤(エピルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン)、マイトマイシンCといった抗がん剤を膀胱内に注入します。
中リスク群の場合は、TURBT後2~3週目から週1回計6~8回程度、膀胱内に抗がん剤を注入する維持療法、あるいは膀胱内にBCGを注入する治療を外来で行います。
●膀胱内BCG注入療法
中リスク群の一部や高リスク群、上皮内がんに対しては、TURBT後に、膀胱内BCG注入療法を実施するのが標準治療です。この治療は、結核予防ワクチンであるBCGを膀胱に注入する方法です。再発リスクの高い乳頭状非浸潤性がんや上皮内がんの再発を予防するために、標準的には週1回計6~8回投与します。
その結果、効果がなかった場合や膀胱内に再発した場合は、週1回計6~8回BCG注入療法が行われます。効果があった人でも、初期治療から3か月後に週1回計3回、その後は半年に1回、週1回計3回BCGを膀胱内に注入する維持療法を行う場合があります。維持療法はがんの進行を防ぐことを目的にした治療で、中リスク群で1年間、高リスク群では3年間続けるのが標準的です。
ただ、BCG注入療法は乳頭状非浸潤性がんに対して行われる抗がん剤治療よりも副作用の強い治療です。ほかの病気で免疫力が下がっている人は結核に感染する危険があるので、この治療は行えません。また、頻尿、排尿痛など膀胱刺激症状、血尿、関節痛、腰痛、発熱、発疹といった副作用がかなり高い割合で出現します。これらは2~3日で回復することが多いのですが、まれに、重篤なアレルギー症状や炎症によって膀胱が萎縮して使えなくなる萎縮膀胱が起こるリスクもあります。
通常量のBCG投与の副作用によって生活に支障が出た人や身体機能や体力が低下した高齢者、筋層非浸潤性がんの中リスク群の場合には、薬の量を減らす低用量膀胱内BCG注入療法も選択肢の1つです。ただし、低用量のBCGでは通常量を投与した場合に比べて、再発予防効果が落ちるリスクがあります。
なお、BCG注入療法を2セット行っても、まったく効果がみられないときや超高リスク群に対しては、膀胱全摘除術が検討されます。
●筋層浸潤性がん・(転移なし)の薬物療法
手術の前か後に、複数の抗がん剤を用いた全身薬物療法を行うことがあります。ほかの臓器への転移がない筋層浸潤性がんの薬物療法の目的は、再発を予防することです。
膀胱がんに対する全身薬物療法の第一選択は、ゲムシタビンとシスプラチンを組み合わせたGC療法です。GC療法では、1日目にゲムシタビン、2日目にシスプラチン、8日目と15日目にゲムシタビンを点滴投与します。1週間休薬して28日間で1コース、計2~4コース続けます(図表10)。
以前はメトトレキサート(M)、ビンブラスチン(V)、ドキソルビシン(A)とシスプラチン(C)を併用するM-VAC療法が中心でした。海外の臨床試験で、M-VAC療法のシスプラチンの治療強度を高めたdd(dose-dense) M-VAC療法による術前薬物療法が、GC療法よりも効果が高いという結果が出たことから、dd M-VAC療法が実施されることもあります。
dd M-VAC療法は、2日間かけて4つの薬を点滴投与し、2週間で1コース、これを4コース続けます。dd M-VAC療法は、GC療法に比べて副作用が強く出やすい治療法です。そのため、副作用対策として、発熱などの症状が出る好中球減少症の治療薬であるG-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)製剤を併用します。
薬物療法を手術の前と後のどちらに実施するかは、病院によって、また患者さんによって異なります。手術前の薬物療法が再発リスクを下げることは科学的に報告されていますが、薬物療法を受けている間にがんが進行してしまうリスクもあります。術前、術後のどちらに受けるかは、その利点と欠点を考慮し、担当医とよく相談して決めることが大切です。
●膀胱温存療法の薬物療法
筋層浸潤性がんで膀胱温存療法を希望する場合には、シスプラチンなどの抗がん剤を注入する動注化学療法を放射線療法と併用します(「膀胱がんの放射線療法」)。
●転移がんの全身薬物療法
リンパ節やほかの臓器に転移のある患者さんに対する全身薬物療法の目的は、がんの進行を抑え、できるだけ長くがんと共存して、これまで通りの生活を続けることです。ただし、薬物療法が非常によく効き、手術で取り切れるくらい腫瘍が小さくなったときには、膀胱全摘除術を検討することもあります。
転移がんの全身薬物療法は、比較的副作用が少ないGC療法が第一選択です。また、シスプラチンの投与間隔を短くして強度を上げるdd M-VAC療法が行われることもあります。腎機能障害などでシスプラチンが使えない場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンを併用します。
尿路上皮がんで、GC療法、ゲムシタビンとカルボプラチンの併用療法などを4~6コース続けた後、がんの大きさが変わらない、あるいは縮小している場合には、免疫チェックポイント阻害薬のアベルマブによる維持療法を行います。アベルマブは、2週間に1回点滴投与します。
●転移がんの二次治療
GC療法、ゲムシタビンとカルボプラチンの併用療法などで効果がみられなかった、あるいは、アベルマブが効かなくなった場合には免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブが選択肢になります。ペムブロリズマブは、200㎎を3週間に1回、点滴投与する薬です。場合によっては、400㎎を6週間に1回点滴投与することもあります。
がんの大きさが変わらない、あるいは縮小した場合には、できるだけ長く治療を続け、病気になる前と同じような生活の維持を目指します。
免疫チェックポイント阻害薬とは
人間には、ウイルスや細菌などの異物から体を守る免疫機能があります。がんは、自己と非自己を見分ける仕組みを巧みに利用して、免疫細胞からの攻撃にブレーキをかけていることが近年の研究でわかってきました。免疫チェックポイント阻害薬は、そのブレーキを解除して、免疫機能の働きを活性化させる薬です。
膀胱がんの治療に用いられる免疫チェックポイント阻害薬には、アベルマブとペムブロリズマブがあります。甲状腺機能障害、下垂体機能障害、1型糖尿病など、従来の抗がん剤とは異なる副作用が出ることがあるので注意が必要です。
さらに詳しいことが知りたい人は、『もっと知ってほしいがん免疫療法のこと』(https://www.cancernet.jp/meneki)を参照してください。
高齢者の薬物療法
65歳以上の患者さんに対しては、高齢者機能評価を行い、全身薬物療法で標準治療のシスプラチンを用いるかどうかを慎重に検討します。高齢者機能評価では、主に次の8項目を点数化して、標準治療が可能かどうか評価します。
①過去3か月間で食欲不振、消化器系の問題、そしゃく・嚥下困難などで食事量が減少していないか、
②過去3か月間の体重減少の程度、
③自力で歩けるか、
④神経・精神的問題(認知症やうつ状態)の有無、
⑤BMI〔体重(㎏)÷{身長(m)×身長(m)}〕、
⑥1日に4種類以上の処方薬を飲んでいるか、
⑦同年齢の人と比べて、自分の健康状態をどう思うか、
⑧年齢(80~85歳、86歳以上か)。
標準治療が難しいと判断されたけれども膀胱がんの薬物療法が可能な場合には、ゲムシタビンとカルボプラチンの併用療法などを実施します。
参考資料
もっと知ってほしい膀胱がんのこと 2022年版,pp.12-15