前立腺がん治療
Q.前立腺がんではどのような治療が行われますか
A. 手術療法・放射線療法・薬物療法(内分泌療法)のほかに、特別な治療をせずに経過をみるPSA監視療法もあります。
多くのがんの治療には、手術療法・放射線療法・薬物療法が用いられます。前立腺がんも同様で、ほかにPSA監視療法(待機療法)もあります。これは特別な治療を行わず、定期的にPSA検査、直腸診、生検を実施しながら、経過を見守る方法です。
前立腺がんの治療方法は、前述のTNM分類、グリーソン・スコア、PSA値のほか、年齢や合併症、期待余命(この先、何年ぐらい生きられるかという予測)、病気に対する本人の考えなどを考慮して、慎重に選択しなければなりません。
低リスクのがん、具体的にはPSA値が10ng/ml以下、グリーソン・スコアが6以下で、TNM分類がT2a(限局性で前立腺の片側に腫瘍があるもの)までであれば、PSA監視療法も選択肢の1つになります。
特にT1a(前立腺肥大症などの手術で偶然に発見された微小ながん)では、この方法が強く推奨されます。PSA検査が普及して、がんがごく早いうちに見つかる例が増えたため、結果としてPSA監視療法の対象となる患者さんも多くなっているのが現状です。
手術療法(前立腺全摘除術)と放射線療法は、根治を目的とする治療法です。がんが前立腺のなかにとどまっている場合は、これらの方法が最も推奨されます。放射線療法は緩和治療にも用いられます。
なお、早期の前立腺がんでは、前立腺を温存する局所治療(部分治療、フォーカル・セラピーとも呼ばれる)を行う場合があります(コラム「今後が期待される局所治療」)。
薬物療法では、男性ホルモンの分泌や働きを抑制する薬を投与する内分泌療法(ホルモン療法)が中心となります。転移のある前立腺がんが主な対象ですが、高齢で手術や放射線照射による身体的負担を避けたい患者さんの選択肢となることもあります。
臨床試験とは?
新しい薬や治療法の人間に対する有効性や安全性について調べるために行われるのが「臨床試験」です。現在、使われている薬や標準治療は、国内外で臨床試験を重ねることで開発され、確立されたものです。
臨床試験には、数人を対象に適切な投与量を決める「第Ⅰ相試験」、数十人を対象に効果と安全性をみる「第Ⅱ相試験」、数百人を対象にすでに承認されている薬と新薬の候補、あるいは、標準治療と新治療の候補を比較して効果と安全性をみる「第Ⅲ相試験」の3段階があります。臨床試験は医療の発展に不可欠であり、試験への参加は将来の患者さんを助けることになります。ある程度よいとわかっている薬や治療法が早く使える利点がある場合もありますが、予期せぬ副作用が出る危険性もあります。臨床試験への参加を依頼されたときには、試験の段階、目的と方法、利点やリスクをよく確認することが大切です。
治療の選択に重要なシェアード・ディシジョン・メイキング
(患者と医療者の共同意思決定)
患者さんや家族が医師と治療選択について話し合うとき、これまではインフォームド・コンセント(informed consent)が重要視されてきました。これは、医師が適切な選択肢として患者さんや家族に提示して説明した治療について、患者さんや家族が理解し、納得したうえでその治療を選択する手続きをさします(日本語では「説明と同意」と訳されています)。
ただ、インフォームド・コンセントではどうしても医療者側の意見が強くなる傾向があります。そこで最近では、欧米を中心に、よりよい治療の選択にはshared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング、患者と医療者の共同意思決定)が必要であるという考え方が一般的になってきました。
医療は確実なものではなく、どの治療法が自分に最も合うかは実際に受けてみないとわかりません。特にリスクや不確実性が高い治療法が含まれるとき、治療の選択肢が複数あり、またその効果や副作用が多様で選択が難しいとき、あるいは治療を続けること自体が難しいときなどに、患者さんが自身の生活や人生で大切にしていることなどを医療者と情報共有したうえで、治療を選択するのがシェアード・ディシジョン・メイキングです。
例えば、仕事で大きなプロジェクトがある、親の介護、子どもの受験や結婚式、孫が生まれるといった人生の大事な場面では治療のタイミングや方法を考慮するほうがいいかもしれません。仕事で運転が必要ならば、あるいは手先を細かく使う仕事をしているならば、副作用で手のしびれが出る抗がん剤は避けるほうがいいかもしれません。しかし、このような情報は患者さんや家族が自ら伝えないと、医療者にはわからないのです。
また、薬の延命効果が数か月しか変わらないときに、副作用の強い、あるいは高価な薬を使うのか、いったん始めた治療をいつやめるのかといった選択の場面が出てくることもあります。
患者さんや家族が主体的に治療の方法やエビデンス(効果、確実性、リスクなどについての科学的根拠)を理解し、自分の人生の価値と照らし合わせて、医療者とともに治療を選択することはよりよい治療を受ける鍵になります。
とはいえ、例えば、急な症状の治療を行うときや、細菌感染症で抗生物質を飲むときのような、その方法しか治療法がない場合には、インフォームド・コンセントは必要でも、シェアード・ディシジョン・メイキングは必要ではないこともあります。
参考資料
もっと知ってほしい前立腺がんのこと 2018年版,pp.9-10