CNJの歩み

キャンサーネットジャパンについて

キャンサーネットジャパン創始者 南雲吉則(現顧問)
    吉田和彦(現顧問)

私たちはがんの情報サービスのNPO組織「キャンサーネット・ジャパン」です。この組織は「科学的根拠に基づいたがん情報の普及」を目的として発足し、すでに十年を経過、以下の活動を行っています。

  1. 海外の医学情報の翻訳・提供
  2. セカンドオピニオンの普及
  3. 講演会・スモールミーティングの開催
  4. がん情報の執筆・出版

こうした活動はすべて十数名のがん専門医と一般社会人のボランティアによって行われています。私たちがなぜこうした活動を開始したのか、そのいきさつをここで紹介したいと思います。

NIHのパンフレットとの出合い

「先生お土産だよ」。スローン・ケタリングがんセンターの留学から帰国した大学の親友、吉田和彦医師(現、慈恵医大外科助教授)がNIH (National Institute of Health: 米国国立衛生研究所、日本の厚生労働省に相当する)の乳がん患者向けパンフレット全十冊を手渡してくれたのは1988年のことである。

当時、欧米では乳房温存療法が標準治療となりつつあり、その有効性は多くの科学データによって立証されていた。にもかかわらず、我が国においてはハルステッド手術(乳がんを含めて周りの健常組織を全て取る手術)が主流で、早期乳がんに対してのみ胸筋を温存する縮小手術が行われているにすぎなかった。これまでメス一本でがんを根治することに情熱を傾けてきた日本の外科医にとって、しこりだけをくり抜き、あとは放射線科医に任せる乳房温存の概念は屈辱に等しかった。そのため、いかにエビデンス(evidence:科学的な根拠)を突きつけられようが、「日本人と欧米人では乳がんの種類が異なる」とか、「欧米人が乳房全切除術で乳房温存療法をしのぐ成績を出せないのは不器用だから」だ、といった発言が公の場所でまかり通っていた。そればかりか、一部の医師たちが提出した乳房温存療法に関する論文が「悪魔の福音」として編者によって握りつぶされることすらあった。ハルステッドに対して何の思い入れもない我々若い外科医にとっては、こうしたエビデンスを踏みにじるような行為は許し難かったが、日本の医療を変えるほどの技量があるわけもなく、ただ悶々としていた。

情報公開の大切さを痛感

そんな折りに読んだこのパンフレットは衝撃的であった。このパンフレットには乳房温存療法の生存率が乳房切除術と同等であること、術中生検でがんを確認し同時に乳房を切除する一期手術は勧められないこと、患者の権利としてインフォームドコンセントや治療の選択権・拒否権があることなど、日本の医療事情からは想像もできない情報が、平易な文章で書かれていた。

アメリカでは1973年に患者の権利章典が定められて以来、自らの病名を知り、病状、治療方針、生命の最終判断をする権利を与えられた。そのことはまた患者の責任と精神的負担の増加が増すことになるため、連邦政府とNIHはインフォームドコンセントを与える際に患者が不安に陥らぬように公平・公正かつ最新の情報を与えるシステムを構築してきたのである。このパンフレットはこうした政策の一環としてつくられたのである。情報公開に伴う弊害に対する手厚いフォローに驚かされた。その一方で、医療を変えるには情報公開をして、医師と患者双方の意識を改革するしかないことを痛感した。

日本語版パンフレットの出版

1990年の暮れ、私と吉田氏はこのパンフレットの自費出版を決意し、NIHの許可のものに翻訳を始めた。それはつらくもあったが心躍る仕事であった。このパンフレットは主治医の意見に対する第二の意見という意味でセカンドオピニオンシリーズと名付けられた。

完成したのは1991年6月。さて勢いに乗じて印刷はしたものの、それを流通するすべも知らず、部屋の中にうずたかく積み上げられた初版五千部のパンフレットの山を見上げて、途方に暮れた。しかしその心配は杞憂であった。いくつかの新聞社の健康欄宛にパンフレットの無料配布をしていることを知らせたところ、ある新聞が報道してくれ、まもなくその情報が共同通信社から配信され、全国紙、地方紙合わせて二十紙以上で紹介された。その反響は凄まじく、私のクリニックに問い合わせの電話が鳴り続けた。スタッフ総出でパンフレットの袋詰めと宛名書きの作業に追われ、診療どころではなくなった。何か方策を講じなければならない。

「あなたと乳がん」の誕生

そこで1992年3月、このパンフレットを一冊に製本し「あなたと乳がん you and breast cancer」と題して、全国の公立図書館や医学部図書館に寄贈した。この題名は、アメリカの医学生が白血病の少年に宛てて書いた「you and leukemiaあなたと白血病」を真似たものである。当時のアメリカでも小児に対する白血病の告知はタブーであったが、これを一医学生の勇気と思いやりがうち破ったことにあやかりたいと思ったからである。

これでボランティアも一段落したかに思えた。ところが翌年になって、知人がこの本を出版社に持ち込んだところ、編集者に気に入られ出版の依頼が来た。一切自腹がかからないどころか印税まではいるというので二つ返事で承諾した。1994年4月ついに「乳がんの発見」(祥伝社刊)として出版され全国の書店に並んだ。

キャンサーファクスジャパン、キャンサーネットジャパンの開設

本が売れもしないうちからなんと100万円近い印税を頂戴した。その使い道としてすぐ思いついたのがファクス情報サービスである。当時私は乳がん治療の新しい情報を得るために米国国立がん研究所 (National Cancer Institute, NCI)の行っていたCancerFaxを利用しており、その内容の豊富さと簡便性に憧れていた。すなわち患者が自宅のファクスから CancerFaxに電話すれば自動的にコンピュータにアクセスでき、希望の情報をファクス受診できるシステムである。非常勤をつとめている東京共済病院の外科の医師達に協力を求め、さらなる情報を加えてキャンサーファクスジャパンを開設した(現在は終了)。

ところがこのファクスサービスはマスコミ等で報道されたときはシステムがダウンするほどのアクセスがあるが、普段はほとんどアクセスがない。利用者にファクス番号を告知し続けなければならないのである。やがてまもなくインターネットの時代が到来したのを機に、1995年10月キャンサーネットジャパンを開設した。じつはこの翻訳事業に携わっていた当初からNIHががん情報のデータベースPDQ(Physician Data Query:医師向けの質問箱とでもいうのか)を構築していることは知っていたが、これがインターネットで手軽に利用できるところまで進化していることを知ったのはこのときであった。このシステムも最初は泣かず飛ばずだったが、検索ソフトの普及とリンクの依頼によって利用者のアクセスが飛躍的に伸びた。

人とのふれあい、セカンドオピニオンコール

コンピュータの時代になれば、何もかもコンピュータがやってくれるのかと思ったがそれは甘かった。ファクスやパソコンを持っていない人や、自宅にあってもうまくアクセスできない人が多いため、問い合わせの電話は後を絶たない。

また情報を入手すればするほど、さらなる個人的疑問がわいてくるものである。NCIでもがん情報サービス(Cancer Information Service, CIS)といって、専門のカウンセラーがこれに当たっている。そこで我々も1996年「セカンドオピニオンコール」を開設した。これは事務局に電話、ファクス、手紙、E-メールで相談すれば、所属のボランティア医師が希望のメディアで解答するものである。診療時間が終了してから返事を書くのだが、ちっとも大変ではなかった。患者やその家族とのふれあいによって逆に教えられることも多く、また感謝の言葉によって明日への活力が湧くことを実感した。

当然予想していたことではあるが、直接相談に乗っているうちに「資料を持ってゆくので見てほしい」とか「診察してほしい」といった要望もよせられるようになった。現時点では時間的に不可能だが、時期がくればぜひ期待に応えたいと思っていた。

セカンドオピニオン外来の実現

その夢は意外に早く実現した。1999年の7月、私のクリニックは東京大崎の再開発ビルに移転した。今までの倍の広さである。「時間を気にせず患者さんの悩みに耳を傾ける外来の開設を」とボランティア医師たちに呼びかけたところ、外科、放射線科、婦人科、抗がん剤治療の専門家が集まった。セカンドオピニオン外来の誕生である。これまでに百名を超える患者さんに利用してもらっている。費用はと聞かれるが無料である。現在の医療保険では費用を請求しても採算が合わない。しかしお金以上に大切なものを得ることができた。それは今の医療に対する患者さんの不安や不満、生の声である。せっぱ詰まってセカンドオピニオン外来を訪れる患者さんの声に耳を傾けているうちに、自分達医療者に何が欠けていて、何をすべきかが見えてきた。患者さんの意識は明らかに変わりつつある。それにつけても変わらないのは医者の頭である。これを何とかしなければ。

「がん情報何を信じればいいのか」

いつまでたっても医者と患者さんの立場が対等にならないのは、「情報の較差」のせいである。これまでは「情報の量の較差」であった。患者さんの持っている情報量は医者よりも明らかに少なく、そのことが患者さんを不安にしてきた。

現代は「情報の質の較差」の時代である。さまざまなメディアを通じて膨大な量の情報が流れ込んでくる。がんと闘うことは無駄なのか、闘うべきなのか、それとも代替療法に走るべきか。患者さんはさまざまな情報の波の中で行く先を見失っている。医者から説明を受けてもはたして真に受けていいのか、ほかにもっといい方法があるのではないか、この先生よりももっと適した先生がいるのではないか不安になる。さまざまながん情報の中から何を信じたらいいのか、情報の質が問われているのである。

EBMシンポジウムの開催

こうした中で21世紀の医療の切り札として現れたのがEBMという概念である。EBMとはEvidence Based Medicineすなわち「科学的根拠に基づいた医療」の略である。これまで医療は医者の個人的な知識と経験にささえられてきた、きわめて経験主義的な分野であった。そのためがんの治療方針は病院によって医師によってさまざまで、患者さんにとっては悩みの種であった。そこでこれまでの科学的根拠を総ざらいし、信頼度別に分類する動きが始まった。医師は患者からの相談を受けたとき、自分の知識や経験だけで判断せず、信頼の置ける医学情報データベースを利用するようになった。ようやく医学に科学的根拠が求められる時代がきたのである。

私たちはこのEBMを普及すべく2000年の1月からEBMシンポジウムを企画した。患者さんだけでなく医者の頭も変えていこうというわけである。現在は「がんシンポジウム」と名称を変えて、年に2回のペースで開催されている。

「がん110番」の出版

このEBM普及活動にいち早く賛同してくれたのが日刊流通サービス新聞(現、日刊工業新聞)である。その紙上で週に1回健康欄を担当させてもらい、その連載は70回にものぼった。その成果を1冊の本にしよう。しかしその編集作業は困難をきわめた。膨大なる医学情報の波の中から患者さんを救い出すために最低限必要な情報の選別である。

その結果完成したのが「がん110番」という本である。自画自賛で申し訳ないが、この本は21世紀の初めを飾るにふさわしいすばらしい本である。この本で救われない方は遠慮なく我々キャンサーネットジャパンに相談をして欲しい。

スモールミーティング

患者さんは常に自分一人でがんと戦わなければならないという孤独感がある。自分と同じがんの患者さんと話し会う機会が与えられれば、情報を交換し、悩みを共有することができる。時にはがんの専門家を招いて勉強会も開ける。そこでスモールミーティングを開くことにした。これは「若年性乳がん」「乳がんの再発」「肺がん」「前立腺がん」など各テーマ毎に少人数の患者さんたちがつどって、おしゃべりをする会である。毎週土曜日に何箇所かに分散して開催され、キャンサーネットジャパンのボランティアがコーディネートをする。あなたの歩いてゆく道はすでに他のがん患者さんが歩いてきた道である。あなたの歩いた道はこれから他のがん患者さんが歩いてゆく道である。ずっとしまいこんできた自分の思いを話すことによって、がんから開放されるのではないだろうか。